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     栄養ミニ知識

毎週金曜日に更新している、栄養ミニ知識を掲載いたします。

みなさま、ぜひご参考くださいませ。

  • 2010年3月19日

    2010年3月19日更新

    トマトという呼び名は「膨らむ果実」を意味する「トマトゥル」からきています。はるか昔、メキシコ湾をのぞむベラクルス地方のアステカ人がこう呼んでいたのが始まりです。トマトゥルとは元来「ホオズキ」を指し、メキシコではホオズキを煮込んで料理に使っていたところから、形がよく似たトマトも同じ名前で呼ばれたようです。

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  • 2010年3月19日

    2010年3月12日更新

    その昔三代将軍家光公(五大将軍綱吉公という説もありますが)脚気を煩われていたときに、練馬村から大根が届けられ、無事病気が平癒したところから、大根が江戸城に納入されるようになり、それ以来練馬村は大根一色になってしまい、生産過剰状態になってしまったそうです。捨てるよりほかないとなったとき、品川東海寺の和尚さんであった沢庵禅師(1573-1645)が禅宗の漬物方法としてのぬか漬けを教えてたということです。

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  • 2010年3月19日

    2010年3月5日更新

    きのこに関する記事が文献に現れるのは奈良時代以降のことです。最古のものとして日本書紀には吉野の国栖人が応神天皇に土地の産物である茸を献上したことが記されています。この茸が何であったか定かではありませんが、食用きのこであったと思われます。万葉集には奈良の高圓山のマツタケを詠う短歌が載せられています。平安時代の貴族や歌人はマツタケ狩を季節の行事として楽しみ、そのさまは古今和歌集、古今集、拾遺和歌集にしばしば詠まれています。

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  • 2010年3月19日

    2010年2月26日更新

    日本で牛肉を食用としたのは、牛が持ち込まれた縄文~弥生時代とされています。しかし、「肉食禁止令」が発令された飛鳥時代以降、牛肉をはじめとする肉食が禁じられるようになりました。それからしばらくの間、牛は農耕や運搬にのみ使われるようになったそうです。戦国~江戸時代になると、外国人の影響を受けるとともに健康回復や病人の養生・・・いわゆる「薬喰い(くすりぐい)」として肉食が始まりました。大正時代では日常的に食されるようになり、現在ではわれわれ日本人とって欠かせない食料となっています。

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  • 2010年3月19日

    2010年2月19日更新

    日本人からすると豆腐と納豆は逆のような、実はそうではありません。中国ではヨーグルトのことを「乳腐」といいます。このように中国では「腐」という文字は「腐る」という意味では無く「固まる」とか「やわらかい固体」を意味します。したがって豆腐も「豆を固めたもの」といったところですね。中国の豆腐は日本の豆腐とは違って、硬めで水分が少なく塩気も強いのです。中国では豆腐をそのまま食べることはなく、油と合わせて煮たり炒めたりします。日本では沖縄の豆腐がこれによく似ています。

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